こどもみるく、PLサイド。中の人否定派さんにはおすすめしません。
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――今日は、灯明祭だ。
花火の時に後悔したから思い切ってきたものの……やはり祭りの騒ぎには交ざれず
“こどもみるく”はひとり、川面を見つめたまま膝を抱えていた。
背後の森の中から明るい笑い声が聞こえてくる。
そのたび、彼女の心はチクンと痛んだ。
振り返って少し歩けば、すぐ手の届くところにある灯りたち。
火と様々な花の織り成す、煙る匂い。
人の輪の中心に広げられたお菓子や飲み物。
子どもたちに与えられる手持ち花火のパチパチと爆ぜる音。
……彼女の好きなものばかりだ。
水面に映りこんだ下がり花が、彼女を慰めるようにゆらゆらと揺れた。
辺りに立ち込めた甘い香りに包み込まれ、彼女は母を想って泣いた。
母無し子と囃し立てられなければ、故郷のお祭りでも他の子どもたちの仲間に入ることに抵抗を感じなかったかもしれない。
自分を残して消えた――文字通り跡形もなく消え去った母を怨んだ。
けれど今は違う。
母がどんなに自分を愛していてくれたか。
そして、自分を残して消えることに、どれだけ苦しんでいたかを知っている。
日記を読む限り、母は祭り好きだったようだ。
ある時は連日のように仲間を連れまわし、ある時ははしゃいで迷子になり、またある時は祭りを主催もした。
それに比べて自分は……。
彼女は足元に置いた灯りで水面を照らした。
そして、身を乗り出して沢を覗き込んだ。
今、私はどんなに情けない顔をしているだろう。
どんなに母に姿を似せても似つかないに違いない……その思いからだった。
自分を見つめ返す、流れに歪んでぐしゃぐしゃな顔。
その背中で白く、あるいは淡い桃色に輝く下がり花。
水の流れの悪戯か、彼女にはその花が朧げながら母のように見えた。
彼女は涙を拭った。
ハッキリした視界に映るのは、やはり母の姿。
流れに掻き消されそうになりながらも、彼女の後ろから動かない。
「お母さん……なの?」
そんなわけない。
そう思いながらも、自然に口をついて出た。
けれど川の流れの中の母の面影は頷く。
あ…きら……
彼女の頭の中に……或いは背後から、懐かしい声が聞こえた気がした。
優しい私の晶。繊細な子……そのまま聴いてちょうだい。
滲むように頼りないけれど、確かに意味をを成していく音。
貴女を苦しませてしまってごめんなさい……
哀しませてしまってごめんなさい……
貴女にずっと伝えたかったことがあるの。
本当は、貴女が成人する時に伝えるつもりだったのだけれど、もうそれは叶わなくなってしまった。
母は言葉を止めると、哀しげに微笑んだ。
水の流れが、止まった気がした。
そこには紛れもない、消えた朝のままの姿の母が立っていた。
“こどもみるく”が振り返ろうとすると、母は唇にそっと人差し指を押し当て、彼女の肩に手を置いて制する。
過去を振り返っては駄目よ。意志の強い女性におなりなさい。
背筋を伸ばし、誇りを忘れず、舞を舞う時と同じように凛と振舞いなさい。
そして……女性である前にまず人間でありなさい。
晶……
母は、娘をきつく抱きしめた。
物心がついてから初めて感じた母の体温。
すぐ耳元で聴こえる声。
自分のものではない、右肩を掠りながら零れ落ちてゆく涙。
確かに母はそこにいた。
“こどもみるく”は――否、“天城 晶”は、自分と十ほどしか歳の離れていないであろう母の温もりに、涙を流すことさえ忘れていた。
そこは、幾度も夢見た母の腕の中だった。
紛れもない、彼女の願いの果てだった。
母は、ぽつりぽつりと、幼い頃の彼女との思い出を語った。
その時の想いと共に。
……伝えなければ。私の気持ちも伝えなければ。
「お母さん、私…知ってる。お母さんがどんなに私のことを愛してくれていたか、知ってる。
どれだけ苦しんだかも、知ってるから……だから泣かないで。もう大丈夫だから」
晶は目頭が熱くなることにさえ気づかないまま、舌を何度も噛みながら、
思いつく限りのことを言葉にしようと喘いだ。
「パパから貰った名前を誇れるような、立派な子になるから……!」
思いのほか大きな声が出て、自分で驚いた。
けれどそれで、心が決まった気がした。
ありがとう……伝えたいことはつきないけれど……
貴女はお祭りに戻りなさい。みんなの輪の中に入りたいんでしょう。
大丈夫よ。勇気を出して。早く行かないと終わってしまうわ。
「お母さん……」
言葉が出なくなってしまった。
晶…“お母さん”って、呼べるようになったのね……
母は微笑んで消えた。
振り返るとそこには、森の緑と、空を覆うほどの星が輝いていた。
10月の新月の夜は、神さまが地上に降り立つ日――それは本当だったのだ。
彼女にとっての神、それは亡くした母に他ならなかったのだから。
「神様……」
月明かりに邪魔されることのない満天の星を見つめたまま、晶はそっと呟いた。
まだ身体に、ほんのりと母の温もりが残っていた。
……その言葉だけが、何度も何度も彼女の頭の中を巡っていった。
そして、そのまま全身を巡って染み渡っていった。
天城 晶は、灯りを持つとすっくと立ち上がった。
その双眸からは、幸せが流星群のように、何度も何度も流れ落ちている。
その柔らかな雨は、彼女の身につけたリンドウの花に注がれていった。
私は、もう大丈夫だから。
胸に刻む混むようにそう繰り返す。
火の精霊に愛されし父、星の巫女たる母に恥じぬよう。
澄み切った光を輝かす星々の名を戴いた、自分自身を誇れるよう。
水辺に灯篭を置くと、少女は「舞香花」と題した即興の舞を舞った。
彼女の信じる神と、両親に捧げる為。
水面に映った彼女は、かつての母の姿を彷彿とさせるものだった。
もう少女は母を真似ただけの人形ではない――……
さあ、祭りの輪の中に混ざらなくては。
冷たい檻から抜け出すために。
(※期間限定、灯明祭中につき今回は日記ではなく現在進行形のお話です)
(※この文が書いてある場合はまだ下書き段階です)
花火の時に後悔したから思い切ってきたものの……やはり祭りの騒ぎには交ざれず
“こどもみるく”はひとり、川面を見つめたまま膝を抱えていた。
背後の森の中から明るい笑い声が聞こえてくる。
そのたび、彼女の心はチクンと痛んだ。
振り返って少し歩けば、すぐ手の届くところにある灯りたち。
火と様々な花の織り成す、煙る匂い。
人の輪の中心に広げられたお菓子や飲み物。
子どもたちに与えられる手持ち花火のパチパチと爆ぜる音。
……彼女の好きなものばかりだ。
水面に映りこんだ下がり花が、彼女を慰めるようにゆらゆらと揺れた。
辺りに立ち込めた甘い香りに包み込まれ、彼女は母を想って泣いた。
母無し子と囃し立てられなければ、故郷のお祭りでも他の子どもたちの仲間に入ることに抵抗を感じなかったかもしれない。
自分を残して消えた――文字通り跡形もなく消え去った母を怨んだ。
けれど今は違う。
母がどんなに自分を愛していてくれたか。
そして、自分を残して消えることに、どれだけ苦しんでいたかを知っている。
日記を読む限り、母は祭り好きだったようだ。
ある時は連日のように仲間を連れまわし、ある時ははしゃいで迷子になり、またある時は祭りを主催もした。
それに比べて自分は……。
彼女は足元に置いた灯りで水面を照らした。
そして、身を乗り出して沢を覗き込んだ。
今、私はどんなに情けない顔をしているだろう。
どんなに母に姿を似せても似つかないに違いない……その思いからだった。
自分を見つめ返す、流れに歪んでぐしゃぐしゃな顔。
その背中で白く、あるいは淡い桃色に輝く下がり花。
水の流れの悪戯か、彼女にはその花が朧げながら母のように見えた。
彼女は涙を拭った。
ハッキリした視界に映るのは、やはり母の姿。
流れに掻き消されそうになりながらも、彼女の後ろから動かない。
「お母さん……なの?」
そんなわけない。
そう思いながらも、自然に口をついて出た。
けれど川の流れの中の母の面影は頷く。
あ…きら……
彼女の頭の中に……或いは背後から、懐かしい声が聞こえた気がした。
優しい私の晶。繊細な子……そのまま聴いてちょうだい。
滲むように頼りないけれど、確かに意味をを成していく音。
貴女を苦しませてしまってごめんなさい……
哀しませてしまってごめんなさい……
貴女にずっと伝えたかったことがあるの。
本当は、貴女が成人する時に伝えるつもりだったのだけれど、もうそれは叶わなくなってしまった。
母は言葉を止めると、哀しげに微笑んだ。
水の流れが、止まった気がした。
そこには紛れもない、消えた朝のままの姿の母が立っていた。
“こどもみるく”が振り返ろうとすると、母は唇にそっと人差し指を押し当て、彼女の肩に手を置いて制する。
過去を振り返っては駄目よ。意志の強い女性におなりなさい。
背筋を伸ばし、誇りを忘れず、舞を舞う時と同じように凛と振舞いなさい。
そして……女性である前にまず人間でありなさい。
晶……
「よくぞ私の娘に生まれてきてくれました」
母は、娘をきつく抱きしめた。
「貴女を愛しているわ。どれだけ謝れば貴女の傷を埋められるか…
…いいえ、埋めることなんて出来ないでしょうね」
…いいえ、埋めることなんて出来ないでしょうね」
物心がついてから初めて感じた母の体温。
すぐ耳元で聴こえる声。
自分のものではない、右肩を掠りながら零れ落ちてゆく涙。
「それが心残りで仕方なかったの。ごめんなさい。
あんなに小さかったのに…本当にごめんね……」
あんなに小さかったのに…本当にごめんね……」
確かに母はそこにいた。
“こどもみるく”は――否、“天城 晶”は、自分と十ほどしか歳の離れていないであろう母の温もりに、涙を流すことさえ忘れていた。
そこは、幾度も夢見た母の腕の中だった。
紛れもない、彼女の願いの果てだった。
母は、ぽつりぽつりと、幼い頃の彼女との思い出を語った。
その時の想いと共に。
……伝えなければ。私の気持ちも伝えなければ。
「お母さん、私…知ってる。お母さんがどんなに私のことを愛してくれていたか、知ってる。
どれだけ苦しんだかも、知ってるから……だから泣かないで。もう大丈夫だから」
晶は目頭が熱くなることにさえ気づかないまま、舌を何度も噛みながら、
思いつく限りのことを言葉にしようと喘いだ。
「パパから貰った名前を誇れるような、立派な子になるから……!」
思いのほか大きな声が出て、自分で驚いた。
けれどそれで、心が決まった気がした。
ありがとう……伝えたいことはつきないけれど……
貴女はお祭りに戻りなさい。みんなの輪の中に入りたいんでしょう。
大丈夫よ。勇気を出して。早く行かないと終わってしまうわ。
「お母さん……」
言葉が出なくなってしまった。
晶…“お母さん”って、呼べるようになったのね……
母は微笑んで消えた。
振り返るとそこには、森の緑と、空を覆うほどの星が輝いていた。
10月の新月の夜は、神さまが地上に降り立つ日――それは本当だったのだ。
彼女にとっての神、それは亡くした母に他ならなかったのだから。
「神様……」
月明かりに邪魔されることのない満天の星を見つめたまま、晶はそっと呟いた。
まだ身体に、ほんのりと母の温もりが残っていた。
――よくぞ私の娘に生まれてきてくれました――
……その言葉だけが、何度も何度も彼女の頭の中を巡っていった。
そして、そのまま全身を巡って染み渡っていった。
天城 晶は、灯りを持つとすっくと立ち上がった。
その双眸からは、幸せが流星群のように、何度も何度も流れ落ちている。
その柔らかな雨は、彼女の身につけたリンドウの花に注がれていった。
私は、もう大丈夫だから。
胸に刻む混むようにそう繰り返す。
火の精霊に愛されし父、星の巫女たる母に恥じぬよう。
澄み切った光を輝かす星々の名を戴いた、自分自身を誇れるよう。
水辺に灯篭を置くと、少女は「舞香花」と題した即興の舞を舞った。
彼女の信じる神と、両親に捧げる為。
水面に映った彼女は、かつての母の姿を彷彿とさせるものだった。
もう少女は母を真似ただけの人形ではない――……
さあ、祭りの輪の中に混ざらなくては。
冷たい檻から抜け出すために。
(※期間限定、灯明祭中につき今回は日記ではなく現在進行形のお話です)
(※この文が書いてある場合はまだ下書き段階です)
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