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気がつくと、霧にかすむ森の中に居た。
ほの白く沈む世界の中、私は低い木立の影に隠れていた。
3日連続で同じシチュエーションの夢を見るなんて……。
――遠くから、かすかに声が聞こえる。私は耳を澄ました。
「フェティちゃん、そろそろご飯できるよー」
優しくて懐かしい声。3度目だから、もう聴き取れる。
記憶の中のお母さんの声と、同じ音。
枝を少し掻き分けて、声のする方を伺う。
「はーいっ」
明るくてよく通る声。一点の曇りも無い声。赤い髪の、フェティ=ラルグの声。
少しずつ霧が晴れてきた。
野営地に、ふたつの人影が見える。私は目を凝らした。
二人の間にあるお鍋の中に、緑色のスープが見える。
風向きが変わって、湯気がこちらに向かってたなびいた。
スープと、どこにあるのかパンの匂いが、私の鼻先をくすぐった。
お腹が自己主張しないように堪える。
無意識のうちに動いてしまったのか、今までと全く同じように木立が揺れて音を立てた。
こちらに背中を向けていた女の人が振り返る。
柔らかな栗色の髪、幸せそうな丸顔。
肖像画の中で微笑んでいたのと同じ顔。
「どうしたの? みあんちゃん」
「……ううん、何でもない。
ごめんごめん。ほら、フェティちゃん。ご飯冷めちゃうよ。食べよ♪」
再び背を向けたその後姿に、弓を構えた。
矢を番えようとする手が震えて、木の葉を揺らした。
音もしなかったはずだし、こちらに背を向けているというのに、栗色の髪の女性が首を傾げる。
――まずい。急がなければ。
小枝の間を矢じりで縫って、“みあん”に向けた。
「……ごめん、やっぱりちょっと見てくるね。冷めちゃうから食べてて」
「みあんちゃん?」
草を踏む足音と共に少しずつ近づいてくるにつれ、顔がはっきりと見えてくる。
思わず、躊躇ってしまった。
相手はお母さんそのものなのに、あまりにもあどけなくて、
あまりにも疑うことを知らない顔で、あまりにも……そう、あまりにもそのままだったから。
お母さんそのままの姿だからこそ憎いはずなのに。
だからこそ一刻も早く殺さなければいけないのに。
また、乳白色の帳が私の視界を遮ろうとした。
私が最後に見たもの……
それは、私に向けて吹き矢を構えた母の姿だった。
「飛び起きる」という表現がこれほどに合う場面に、私は今まで出合ったことがなかった。
気がつくと、肩で息をしていた。
膝の上から猫ひろしが飛び上がったのだと理解するまで
1分以上かかったかもしれない。
お母さん……どうして。
ううん、違う。あいつは偽者だから。
私からお母さんを奪った悪者だから。
私は、あの女が私の弓に倒れて胸や口から血を流す姿を想像した。
そうなればいい……血の海に倒れれば良い。
醜い死に様を晒すが良い。
私は、うつむいたまま、少し笑った。
ほの白く沈む世界の中、私は低い木立の影に隠れていた。
3日連続で同じシチュエーションの夢を見るなんて……。
――遠くから、かすかに声が聞こえる。私は耳を澄ました。
「フェティちゃん、そろそろご飯できるよー」
優しくて懐かしい声。3度目だから、もう聴き取れる。
記憶の中のお母さんの声と、同じ音。
枝を少し掻き分けて、声のする方を伺う。
「はーいっ」
明るくてよく通る声。一点の曇りも無い声。赤い髪の、フェティ=ラルグの声。
少しずつ霧が晴れてきた。
野営地に、ふたつの人影が見える。私は目を凝らした。
二人の間にあるお鍋の中に、緑色のスープが見える。
風向きが変わって、湯気がこちらに向かってたなびいた。
スープと、どこにあるのかパンの匂いが、私の鼻先をくすぐった。
お腹が自己主張しないように堪える。
無意識のうちに動いてしまったのか、今までと全く同じように木立が揺れて音を立てた。
こちらに背中を向けていた女の人が振り返る。
柔らかな栗色の髪、幸せそうな丸顔。
肖像画の中で微笑んでいたのと同じ顔。
「どうしたの? みあんちゃん」
「……ううん、何でもない。
ごめんごめん。ほら、フェティちゃん。ご飯冷めちゃうよ。食べよ♪」
再び背を向けたその後姿に、弓を構えた。
矢を番えようとする手が震えて、木の葉を揺らした。
音もしなかったはずだし、こちらに背を向けているというのに、栗色の髪の女性が首を傾げる。
――まずい。急がなければ。
小枝の間を矢じりで縫って、“みあん”に向けた。
「……ごめん、やっぱりちょっと見てくるね。冷めちゃうから食べてて」
「みあんちゃん?」
草を踏む足音と共に少しずつ近づいてくるにつれ、顔がはっきりと見えてくる。
思わず、躊躇ってしまった。
相手はお母さんそのものなのに、あまりにもあどけなくて、
あまりにも疑うことを知らない顔で、あまりにも……そう、あまりにもそのままだったから。
お母さんそのままの姿だからこそ憎いはずなのに。
だからこそ一刻も早く殺さなければいけないのに。
また、乳白色の帳が私の視界を遮ろうとした。
私が最後に見たもの……
それは、私に向けて吹き矢を構えた母の姿だった。
-------------------------キリトリ-------------------------
「飛び起きる」という表現がこれほどに合う場面に、私は今まで出合ったことがなかった。
気がつくと、肩で息をしていた。
膝の上から猫ひろしが飛び上がったのだと理解するまで
1分以上かかったかもしれない。
お母さん……どうして。
ううん、違う。あいつは偽者だから。
私からお母さんを奪った悪者だから。
私は、あの女が私の弓に倒れて胸や口から血を流す姿を想像した。
そうなればいい……血の海に倒れれば良い。
醜い死に様を晒すが良い。
私は、うつむいたまま、少し笑った。
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